山はひとりぼっちでした。 まだ生まれて間もない山でしたから、山肌には、草も木もなく、茶色い土がむき出し。 大きな岩や小さな石ころがごろごろごつごつと転がっているばかりでした。 誰か来ないだろうか。 山はさみしそうに言いました。 ある日、一羽のツバメがやって来ました。 羽根の色が真っ白で仲間と違うから、いつもいじめられてのけものにされてばかりいた白いツバメでした。 白いツバメは言いました。 あなたの上でしばらく羽根を休めてもいいですか。 誰とも話したことのない山は、少し恥ずかしそうに、 うん。 と言いました。 白いツバメは、 ありがとう。 と言いました。 いつものけ者にされていた白いツバメも、誰かと話をするのは、ひさしぶりのことでした。 山も白いツバメも何を話せばいいのか思いつかずに、もじもじするばかり。 気詰まりな沈黙が続きました。 ここでも、僕は、嫌われてるのだろうか。 白いツバメは、悲しくなりました。 そう考えると、このまま山の上にいることがたえられなくなってきて、白いツバメは小さな声で言いました。 そろそろ出かけますね。 あーあ、と山は思いました。 白いツバメが行ってしまえば、またひとりぼっち。 それで、恥ずかしいのをがまんして、山はツバメに言いました。 行かないで。 え、と白いツバメは聞き返してしまいました。 何しろ、今まで、あっちへ行ってしまえとか、こっちに来るなとか言われたことはあっても、行かないでなどと、誰からも言われたことがありませんでしたから。 行かないで。白いツバメさん。 今度は白いツバメにもはっきりと聞こえました。 白い羽毛の下の頬が、驚きとうれしさで、ぽっと赤くなりました。 ええ。それじゃあ、もう少し。 白いツバメは、照れながら言いました。 山は、少しほっとしました。 それで、一生懸命考えて言いました。 君の白い翼はキラキラと輝いて、なんて素敵なんだろう。 白いツバメは、うれしくってうれしくって、なんて応えていいのかわかりません。 頬をさらに赤らめ、小さな声で、ありがとう、と言いました。 それに引き換え、僕は茶色のまる裸。 山は悲しい顔をして言いました。 君だって、すぐに言ってしまうんでしょう。そしたら、僕はまたひとりぼっちだ。 白いツバメは山がとてもかわいそうになりました。 そして、自分のかわいそうな身の上も忘れて言いました。 僕はどこにも行かないよ。 焦げたようなぶちのある山の茶色い顔に笑みが浮かびました。 ほんとう。 ほんとうだとも。 白いツバメは言いました。そして、勇気を出して、 友だちになろうよ。 と言いました。 うん。 山は言いました。 友だち。 なんて素晴らしい響きなんだろう。山も白いツバメも、心の中で思いました。 友だち。 自然に笑みが浮かびます。 いいこと思いついたよ。 友だちの白いツバメが、友だちの山に言いました。 いいこと。 と山は聞き返しました。 白いツバメが友だちになってくれるってだけで、とてもうれしくっていいことなのに、またいいことなんて、一体なんだろう。 クスクス、と白いツバメはうれしそうに笑います。 君の茶色の肌のうえに、木や草を植えたらどうだろう。緑の葉っぱやきれいな色の花でいっぱいになるようにさ。 白いツバメは言いました。 それはいい。 山はほほ笑みを浮かべて同意しました。 でも、どうやって。 草や木を植えると言っても、そんなに簡単なことではないのです。 山の顔が曇りました。 白いツバメは山の不安をかき消すように大声で言いました。 大丈夫だよ。僕に任せておいて。 白いツバメはうれしそうに笑いました。自分の思いつきが、とても素敵なことに思えたのです。 山は少し戸惑いましたが、あまりうれしそうに笑っている友だちを見ていると自分もとても楽しい気持ちになってきて笑い出しました。 次の日から、白いツバメは、せっせと働き始めました。 近くの山や遠くの山、草原やお花畑を飛び回って、木の実や草の実、花の種を集めます。 それをくちばしにはさんで飛んできては、山肌に小さな穴を開けて蒔くのです。 枝をくわえてきて、挿し木もしました。 青い空に白い線を描きながら、白いツバメが飛び交うのです。 お日さまはにこにことわらいながら、白いツバメの白い翼を銀色に輝かせました。 やがて、山には、草原ができ、森ができて、きれいな花が咲きました。 たくさんの鳥たちが、他の山や森から引っ越してきました。 草や木がたくさんあって、花があって、とてもいい山だね。 みんなが口をそろえて言いました。 山と白いツバメは、友だち同士、顔を見合わせてにこっと笑いました。 ある日のこと、白いツバメがいつものようにせっせと種まきをしていると、ヒヨドリがうわさ話をしているのが聞こえました。 白いツバメは、自分のうわさだと気づいて、岩陰に隠れました。 せっかくいい山になったのにね。 一羽のヒヨドリが言いました。 そうだね。でも、白いツバメがいるよ。 別の一羽が言いました。 嫌だね。 そうだね。 言い終わるとヒヨドリは飛んでいきました。 ヒヨドリの後ろ姿を見送りながら、ツバメは悲しくって泣きました。 どうして、みんな僕のことを嫌うんだろう。 でも、泣いてばかりはいられません。 友だちのためにがんばらなくっちゃ。それに、泣いているところを山に見つかったら、心配をかけるじゃないか。 ツバメは、涙をふいて、飛び立ちました。 別の日、山は、新しくやって来たツバメたちが、騒いでいるのを耳にしました。 たくさんの花が咲くきれいな山なのにね。白いツバメがいるんだもの、嫌だね。 そうだね。いなくなればいいのに。 そうだね。嫌だね。 そうだね。追い出してしまおうか。 そうだね。 そうだね。 山は大声を出して、ツバメたちを怒りたくなりました。 でも、声を出す前にやめました。 たくさん集まってきたツバメや他の鳥たちがいなくなってしまいそうな気がしたのです。彼らがいなくなってしまえば、また、さみしくなってしまいそうな気がしたのです。 白いツバメは僕の大切な友だちなのに。みんなあんなふうな悪口を言わなければいいのに。 山は心の中だけで叫びました。 山と白いツバメはそれでも仲良しでした。 毎日毎日、来る日も来る日も、ツバメは、せっせと種まきを続けました。 ツバメさんありがとう。 君のおかげでとてもきれいでにぎやかになったよ。 山は言います。 それを聞くと、ツバメはうれしそうにほほ笑みながら、 どういたしまして。 と言うのでした。 友だちに喜んでもらえるって、なんて楽しいんだろう。 ツバメは思いました。 山が喜んでくれていると思うだけで、いろいろな苦労もへっちゃらに思えてくるのです。 僕はこんないい友だちを持って、なんて幸せなんだろう。 山は思いました。 山も白いツバメも、みんなが白いツバメのことを嫌っていろいろとしている噂話については、お互いに口にしませんでした。 口にしてしまうと、大切な友だちを傷つけてしまいそうな気がしたからでした。 青い空にできた小さな黒いシミを雲でおおい隠すように、二人ともその話題が出そうになると、話をごまかしてしまうのでした。 ツバメの群れがやって来て歌いました。 山は耳を澄ませて聞いていました。 きれいな歌声だね。 やがて、歌が終わると山は言いました。 キャハハハ。 クスクス。 ツバメたちは笑いました。 ねえ。友だちになろうよ。 キャハハハ。 クスクス。 一羽のツバメが言いました。 友だち。 友だち。 ツバメたちが一斉に言いました。 友だち。 友だち。 キャハハハ。 クスクス。 山はうれしそうに、 うん。 と言いました。 友だち。 友だち。 キャハハハ。 クスクス。 山はふと、白いツバメのことを思いました。 白いツバメは、そのときも、山のために、せっせと木の実や草の種を運んでいるところでした。 ツバメたちも白いツバメを嫌っているのに、僕は、ツバメたちと友だちになっても平気かなあ。 でも、一度に、大勢の友だちができたうれしさが、そんな小さな不安を吹き消してしまいました。 平気さ。平気。平気。 だって、僕は、他のツバメたちと友だちになったって、白いツバメとは友だちなんだから。 山がツバメと友だちになったのを見て、他の鳥や獣たちも山と友だちにろうと次々にやって来ました。 友だちになろうよ。 うん。友だちになろう。 友だちになろうよ。 うん。 山はとても幸せでした。 カラスやツグミやキツツキ、フクロウ。キツネ、タヌキ、りす、大きなくまや小さなネズミ。数え切れないほどたくさんの友だちができました。 たくさんの新しい友だちができても、山の一番の友だちは白いツバメでした。 夕方、疲れ果てて帰ってくる白いツバメを山は温かく迎えました。 おかえり。 ただいまー。 お疲れさま。 どういたしまして。 山は、毎日増えていく新しい友だちのことを白いツバメに話して聞かせました。 白いツバメは、喜んでいる友だちを見て、心から、祝福しました。 そして、自分の心に浮かんでくる不安で友だちの幸せを曇らせないようにと、精一杯の笑顔を浮かべて言うのでした。 そう。よかったね。素晴らしいじゃないか。 ある日のこと。山の新しい友だちが集まってワイワイガヤガヤしていたときのことです。 白いツバメがやってくるのが見えて、山は、声をかけました。 ねえ。こっちにおいでよ。みんないるから。 白いツバメは、一瞬、ドキンとして、しばらく迷いましたが、ゆっくりと降りてきました。 友だちに恥をかかせないように。白いツバメは、小さく息を吸い込むと、胸を張り、大きな声で、 こんにちわ。みなさん。 と言いました。 こんにちわ。 山が言いました。 シーン。 他のみんなは何も言いません。 こんにちわ。みなさん。 白いツバメはもう一度言いました。 こんにちわ。 山が言いました。 シーン。 今度も、誰も応えません。 白いツバメの顔と背中と翼に、ツーと冷たさが走りました。 ガヤガヤガヤ。 近くのもの同士がこそこそ話を始めました。 ガヤガヤガヤ。 山はどう言えばいいのかわからずに、困った顔をしました。 白いツバメは、 それじゃあ。また。 と言いました。 涙をこらえて、平気な顔を作って。 友だちに心配をかけないための精一杯の強がりでした。 あ。 山は何かを言おうとしましたが、白いツバメは、さっと飛び立ってしまいました。 山に背を向けて飛び立った途端に、がまんの糸が切れて、白いツバメの目に涙があふれました。 涙は、後から後から湧いてきました。 だいぶん離れたころに、白いツバメは一度だけ振り返りました。 涙がいっぱいたまった目に、山が小さくかすんで見えました。 山との出会い、楽しかった日々のことを思い出しながら、白いツバメは泣きました。 今すぐにでも戻りたいと思いました。 でも、それは、できないのです。 今戻れば、せっかくできた山の友だちが、どこかに行ってしまうんだ。 飛び続けよう。遠くまで。できるだけ遠くまで。 白いツバメは決心しました。 さようなら。 幸せに。 とても大切な友だちに向かって、白いツバメは、大声で叫びました。 さようなら。 しあわせに。 山は白いツバメのことを心配しました。 白いツバメを知らないかい。 山はだれかれとなく尋ねます。 けれども誰独りとして、白いツバメの行き先を知りません。 何日も何日も、白いツバメは帰ってきませんでした。 みんなは、白いツバメのことなど、すっかり忘れてしまって、ワイワイガヤガヤ。 大勢の友だちの声が、ワイワイガヤガヤ楽しく騒いでいると、自分も何となく楽しくなるものです。 いつしか、山も、白いツバメのことを思い出さないでいるときの方が多くなりました。 ねえ。この山の木の実も草の実も食べ飽きたね。 そろそろ。よそに移ろうか。 ツバメたちがこそこそと話をしているのが聞こえました。 なんて、身勝手なことを言うんだろう。友だちなのに。 山は思いました。 そうだね。そろそろ。よそに移ろう。 ツバメは言いました。 山は悲しくなりました。 ふと見上げると、青い空に浮かんでいる白い雲が見えました。 それは、ツバメの形をした白い雲でした。 山は一番大切な友だちのことを思い出しました。 ああ。どうして、僕は、友だちを行かせてしまったんだろう。 風が吹きました。 山は風に尋ねました。 遠く旅する風さん。 白いツバメを知りませんか。 知ってるよ。 風は言いました。 知ってるよ。 とても、友だち思いの白いツバメ。 別の風が言いました。 友だちのために花や木の種をまいてやった白いツバメ。 また別の風が言いました。 とてもかわいそうな白いツバメ。 海の向こうに飛んでいったよね。 とても悲しい白いツバメ。 遠くの空に飛んでいったよね。 風たちは歌いました。 山は泣きました。 とても悲しくなって泣きました。 大きなからだを揺すって泣きました。 わあ。大変だ。 わあ。地震だ。 みんなが叫びました。 ひとりぼっちだったときのさみしさ。そこにあらわれた白いツバメとの出会い。楽しかった日々。 次から次から浮かんでくる思い出に、深い悲しみがあふれます。 悲しみがたまった山の心の中がどんどんどんどん熱くなって、おなかの中で溶岩がグツグツグツグツと音を立てました。 あー。 僕はなんて事をしたんだろう。 山は、叫びました。 大きな叫び声とともに、頂点に達した深い悲しみが爆発して、山の頂を吹き飛ばしました。 頂上に開いた口からは、真っ赤な火柱が高く高く噴き上がり、どろどろに解けた溶岩が泉のように流れ出しました。 溶岩は、山の上を川のように流れます。 もう、山にも自分を止めることはできません。 何日も何日も、悲しみの火を噴き上げながら、山は泣き続けました。 吹き上がった灰と煙で、昼でも夜のように暗い日が続き、闇の中に、山の姿だけが赤く浮かび上がっていました。 熱い悲しみが冷たい悲しみに変わり、火柱や溶岩が治まっても、しばらくの間は、山はおえつを繰り返し、その度に地震が起こりました。 やがて、泣き終わったとき、山の姿はすっかり変わっていました。 吹き出した溶岩や灰が降り積もって、山は前よりも数倍の高さになっていました。 今まで誰も見たことのないような、天にも届く高い山でした。 降り積もった岩や固まった溶岩でゴツゴツゴロゴロの山肌には、草も木も見あたりません。 流れ出た涙がたまったすそ野には、大きな湖が5つもできました。 とても大切な友だちだったのに。 山がため息をつくと、遠巻きに見ていたツバメたちがやって来ました。 ごめんよ。 とても大切な友だちだったんだね。 ごめんよ。ごめんよ。 すまなそうに肩をすぼめ、もらい泣きの涙を浮かべながら、ツバメたちは言いました。 山は何も言いません。 僕たちで白いツバメを探すよ。 ツバメたちは言いました。 そのとき以来、ツバメは旅をする鳥になりました。 木の実を食べず、虫を食べる鳥になりました。 秋になるとツバメたちはみんな一緒に海の向こうに飛び立って、白いツバメを探すのです。 けれども、白いツバメは見つからず、春にはむなしく帰ってくるのでした。 そうして、ツバメたちが飛び立つと、山は大切な友だちの思い出のために、真っ白い衣をまとうようになりました。 白いツバメのように真っ白い雪の衣。 長い冬の間、雪の衣を着た白い山は、誰とも話をせずに、一番大切な友だちのことを思いながら、静かに過ごすのです。 今、この山は、富士山と呼ばれています。 (終) |
---|