昔々、まだ、春も秋も冬もなかった頃。 世界は、いつも、夏でした。 毎日毎日が夏。 青々とした葉をいっぱいに広げた大きなリンボクやソテツ、エニシダ。今あるどんなに大きなイチョウの木よりもずっと大きなイチョウの木。 これは木じゃないの? と驚いてしまうほど、太くて背の高い草のはえた広い草原もありました。 そして、地上にも、空にも、海にも、たくさんの恐竜たちが暮らしていました。 来る日も来る日も、考えるだけで目が回りそうなほど、長い夏でした。 草も木も、すくすくと大きくなって、たくさんの恐竜たちが毎日おなかいっぱい食べても、次の日の食事にこまることはありませんでした。 草を食べる恐竜たちが増えるので、肉を食べる恐竜たちも食べ物にこまることはありません。 だけども、恐竜たちは、少しも、しあわせではありませんでした。 だれもが、たくさんの草や木や獲物をひとりじめしようとして、お互いににくみあっていたからです。 だれかが近よってくると、大きな声を出したり、大きな足で地面をどんどんとならしたり、太くて長いしっぽを振り回したりして、おっぱらおうとしました。 この森でもそうでした。 「おれのだぞー」 山のように大きなブロントザウルスが、地面をどんどんしたり、大きな声を出したり、しっぽを振り回したりするときには、大きな地震と台風が一度に来たようなもので、小さな恐竜たちは飛び上がってしまいました。 丈夫な後ろ脚を持った中型のチラノザウルスまでが、酔っぱらいのように、千鳥足。 とっても小さな恐竜たちは、大きな木に開いた小さな穴の中にもぐり込んで、地震と台風が収まるまで、ずっと震えていなければなりませんでした。 「ゆだんもすきもあったもんじゃない」 大きな恐竜たちは、そんなふうに思いながら、じだんだを踏んだり、大声を上げたり、しっぽを振り回しました。 小さな恐竜たちや弱い恐竜たちは、いつも、大きな強い恐竜におどかされたり、しっぽではらいのけられたり、ときには、つかまって食べられてしまったりしました。 けれども、彼らもまた、自分たちより小さくて弱いものがいると、おどかしたり、つかまえて食べたりするのでした。 「ゆだんもすきもあったもんじゃない」 いつも、怒ったり、びくびくしたり、弱いものいじめばかりいたから、恐竜たちの顔は、だんだんと、ますますいやな怖い顔になっていきました。 そんなふうにして、夏ばかりの一年が三〇〇〇万回くらい続いたある日のこと。 北風は、急に吹いたのです。 ピュー。 ワ、ブルブルブル。 森のみんなはふるえました。 何しろ、ずっと夏ばかりで、誰も、北風なんて、知らないのですから。 一番長生きの、一〇〇〇歳を過ぎたブラキオザウルスのおじいさんでさえ、生まれて初めて感じる寒さでした。 その年、北風が吹いたのは、一度きりでした。 みんな、北風のことなど、すぐに忘れてしまいました。 そしてまた、 ドシドシ、ドンドン、ギャーギャー、ギーギー、グォーグォー、ビクビク、オロオロ、ピョンピョン、コソコソ、……。 次の年は、北風は、二度吹きました。 ピュー。 ワ、ブルブルブル。 ピュー。 ワ、ブルブルブル。 けれども、やっぱり、風が吹き過ぎてしまうと、みんな、 ドシドシ、ドンドン、ギャーギャー、ギーギー、グォーグォー、ビクビク、オロオロ、ピョンピョン、コソコソ、……。 次の年は、三度吹きました。 そして、次の年は四度。 毎年、北風の吹く回数は、増えていきました。 吹く回数が増えたばかりではありませんでした。 北風は、吹く度ごとにだんだんと冷たくなっていったのです。 五年目の年に、五度目の風が吹いたときには、大きな大きなブロントザウルスでさえ、震えが三日間も止まらずに、風邪をひいてしまったほどです。 大きな森の大きな木に開いた小さな穴の中で、小さな小さなコンプソグナトスも震えていました。 それでも、その震えが止まってしまうと、みんな、 ドシドシ、ドンドン、ギャーギャー、ギーギー、グォーグォー、ビクビク、オロオロ、ピョンピョン、コソコソ、……。 北風が吹くと、食べ物の草や木が枯れるものだから、今までにも増して、ひとりじめをしようと、 ドシドシ、ドンドン、ギャーギャー、ギーギー、グォーグォー、ビクビク、オロオロ、ピョンピョン、コソコソ、……。 何年かがたちました。 北風が吹き続いたせいで草や木は、すっかり元気をなくして弱ってしまっていました。 それでも、たくさんの恐竜たちが、朝から晩までおなかいっぱいに食べるものだから、森の中には、葉っぱがなくなって坊主になってしまった木や、草の生えていないところが、たくさんできました。 大きな大きなブロントザウルスやステゴザウルスは、草や木の前にどんと腰を下ろしたまま、動こうとしません。 今までは、おなかがいっぱいになると水浴びをしたり、遊んだりするために、草や木のそばを離れたのに、少なくなった草や木を他の恐竜に取られるのが心配になってしまったのです。 これでは、他の恐竜たちは、たまったものではありません。 少しでも草や木に近づくと、ブロントザウルスも、ステゴザウルスも、今までに増して、 ドシドシ、ドンドン、ビュンビュン、ギャーギャー、ギーギー、 その度に、森中が、 ビクビク、オロオロ、ドキドキ、ブルブル、ピョンピョン。 大きなブロントザウルスやステゴザウルスが、休みなく食べるものだから、草も木もたまったものではありません。 森の草や木の葉は、ますます減って、恐竜たちは、みんな、おなかぺこぺこ。 食べ物がなくなって、おなかが減って死んでいく仲間たちが増えました。 草食の小さな恐竜たちが死んでいなくなってしまうと、草食恐竜たちをつかまえて食べていた肉食の恐竜たちもこまりました。 食べ物になる獲物を探して、森中を歩き回る日が多くなりました。 それでも、獲物をつかまえられなかったかわいそうな肉食の恐竜たちの多くが、おなかを減らして死んでしまいました。 肉食恐竜たちがこまると、草食恐竜たちはますますこまりました。 おなかがすいて動けない上に、いつも、おなかを空かせている肉食恐竜たちにおびえていなければならないのですから。 死んでいった恐竜たちは、みんな、悲しそうな苦しそうな表情でした。 北風は、ますます強く、冷たく、吹きあれました。 おなかが減ったよう。 寒いよう。 怖いよう。 大きな恐竜も小さな恐竜もいっぺんに叫び出しました。 ギャー、 ゴー、 ボォー、 ビョー、 チー、 キー、 キョー、 みんな、おなかがすいていましたから、とても、弱々しい悲しい声でした。 世界中の森という森で、そんな声がいつまでも続きました。 そんなある日のことでした。 「あ、冷たい」 大空を力なく飛んでいたプテラノドンが小さく声を上げました。 周りを見ると、白い小さなふわふわとしたものが、キラキラと光りながら舞っていました。 はじめて見るものでした。 「きれいだなあ」 プテラノドンは、寒さも忘れて、うっとりとそのきれいな白いふわふわとしたものを見ました。 「みんなにおしえてやろう」 と、プテラノドンが舞い降りるより前に、山より大きなブロントザウルスが、 「あ、冷たい」 と声を出しました。 目の前を小さな白いふわふわとしたものが、キラキラとかがやきながら落ちていきました。 食べられるものかな、っと思った食いしん坊のブロントザウルスは、長い首を空の方にいっぱい伸ばして、大きな口を大きく開けました。 けれどもそれは、何の味もしません。 ただ、口の中が、とっても冷たくなりました。 同じ頃、のっぽのチラノザウルスも、 「ひゃ、冷たい」 と叫びました。 小さな白いふわふわしたものを小さな虫と思ったチラノザウルスは、珍しい虫の味見をしてやろうと長い舌をぺろっと出しました。 けれども、やはり、冷たいだけで、何の味もしませんでした。 やがて、白いふわふわとしたものは、地上に降りてきて、みんなが、そこらじゅうで、 「ひゃ~」 「冷たい」 「つめた~い」 と声を出しました。 白いふわふわとしたものは、後から後から落ちてきます。 マイアサウラのあかちゃんたちはキャッキャキャッキャと大騒ぎ。 マイアサウラのおかあさんが急いで戻ってきます。 オルニトミムスの群れは、時速50㎞で脚をそろえて行ったり来たり。 みんなは、わけもわからないまま、ただ、キラキラと輝きながら落ちてくるその白いふわふわとしたものを見ていました。 どれくらいたったでしょう。ひとり、むしゃむしゃと草を食べ続けていたステゴザウルスが、 「あれー?つめたいー?」 と、ゆっくり顔を上げたとき、彼の頭の上には、白い帽子をかぶったように白いふわふわが積もっていました。 森の中で、一番小さなコンプソグナトスが、ステゴザウルスの白い帽子に気づいて、クス、っと笑いました。 クスクス クスクス 笑いの環はだんだんと大きくなります。 あれ? すごく気持ちいいや。 笑うととても気持ちがいいものです。 いつも、怒ったり、怖がったり、泣いたりばかりだった恐竜たちは、その時、初めて、笑うことの楽しさに気づいたのです。 ゲラゲラ ゲラゲラ うん。気持ちいい。 ワハハハ ワハハハ とっても、気持ちがいい。 やがて、森中が、笑いはじめました。 むしゃむしゃと草を食べていたステゴザウルスも、少しだけ食べるのをやめて、みんなにつられてクスっと笑いました。 白くてふわふわとしたものは雪でした。 それまで、夏ばかりだった地球に、初めて雪が降ったのです。 やがて、どこかで、誰かが、近くの誰かの顔に、雪を投げつけました。 誰だったのかは、わかりません。 おそらくは、いたずらもののトリケラトプスの兄弟あたりだったのでしょうか。 雪合戦は、みるみるうちに、森じゅうに広がっていきました。 そこいらじゅうで、 ピシャ ピシャ ワハハハ ワハハハ 憎みあうことも、欲ばることも、空腹も、怒りも、おびえも、悲しみも、みんな忘れて。 ピシャ ピシャ ワハハハ ワハハハ 雪と雪合戦と笑い声で、森中が満たされていきました。 雪は、とうとうと降り続きました。 ステゴザウルスは、むしゃむしゃをやめて、空を見上げました。 見たことのない真っ白い空から、雪が降り続いていました。 ステゴザウルスは、にこっとほほ笑むと、みんなの笑い声を聞きながら眠りにつきました。 やがて、みんな、疲れ果てて、眠りにつきました。 冷たい雪は、遊び過ぎてほてった体を、気持ち良く冷やします。 ブロントザウルスも、チラノザウルスも、ブロキオザウルスも、プテラノドンも、トリケラトプスも、オルニトミムスも、マイアサウラの親子も、小さな小さなコンプソグナトスも。 雪は、白いふとんのように、みんなの上に降り積もっていきました。 夢の中でも遊んでいるのか、森の中には、笑い声が続きます。 やがて、みんな深く深く眠ったらしく、笑い声はやみました。 けれども、雪は、とうとうと降り続きます。 次の日も、次の日も。 雪は、とうとうと降り続きます。 長い長い夏の後で、長い長い冬がやって来たのです。 世界中が、真っ白になりました。 何もかもが、雪のふとんにもぐり込んで、ほほ笑みを浮かべて眠ったまま、二度と目覚めることはありませんでした。 (終) |
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